本講演では、"脳を創る"、すなわち、脳が自身の脳を創ることの研究の現状と 今後について総説する。"脳を創る"研究は、次の2つが重要である: 第一は、"脳を創る"為の学習アルゴリズムの原理を脳から明らかにし、この原 理をコンピュータとして工学実現する脳型コンピュータの研究開発を通して、本 研究の目標を達成しようとするアプローチである。この手法によって、脳の局所 学習アルゴリズムとして時間情報を連合する出力依存型学習アルゴリズムを提案 した。さらに、脳がこの学習アルゴリズムによって情報処理の仕方(脳のアルゴ リズム)を固定化し、脳への入力情報は固定化した(記憶した)脳のアルゴリズ ムを選択出力するメモリベースアーキテクチャが脳のコンピュータの基本特性で あることを明らかにした。これらの知見をベースに、大規模ニューラルネットワー クを効率よくシミュレートできるシリコンLSIチップ化した脳型デバイスを開発 し、情報科学工学を中核にし脳科学で検証することにより進めている。 第二は脳がアルゴリズムを獲得する情報の選択も脳自身が自身で決定すること の基本原理を主として解明することである。すなわち、脳を創ることの広域学習 アルゴリズムの機構とこれを支える脳構築(脳の基本アーキテクチャ)の解明で ある。このアプローチによって、脳は入力情報の粗い意味概念を素早く行い、そ の粗い意味を大脳新皮質が情報処理すべき目標とするように設定することを提案 した。脳は仮説立証型の情報処理システム構造によって、メモリベースアーキテ クチャのコンピュータとしての特質を発現する。さらに、脳はこの粗い意味概念 に基づき脳にとっての価値の評価を行い、価値があると判断すると脳活性を高め て脳より出力を容易にする。この事は、出力依存性アルゴリズムによって脳アル ゴリズムの変更を行うことになる。すなわち、脳は脳が価値を認めた情報のアル ゴリズムを脳に創る(獲得する)のである。ここでの核心は、脳が入力情報の粗 い意味概念を素早く行い、それに基づき価値評価を行う脳の基本機構を解明する ことにある。 以上の研究によって、脳を創る研究から脳の心(脳の背後にあって脳を創るた めに働いているものとしての心)と、われわれが成長する為の要因は何かが解り、 ひいては「人とは何か」が明らかになりつつある。